キラルな光「光渦」の角運動量が拓くナノテクノロジーと不斉合成や生命科学の解明への展開(尾松孝茂教授)
~キラルな光で拓く革新的物質科学~

尾松孝茂
Omatsu Takashige
千葉大学大学院融合科学研究科教授、分子キラリティ研究センターセンター長
東京大学物理工学科卒業です。出身は大阪ですが、関西弁は普段使いません。趣味は写真、料理(手打ち麺)、ギター、読書などです。基本的に猫派で家には猫が5匹前後います。モットーは'気楽に研究を楽しむ'です。
「光」の研究を始めたのは、カメラや写真など趣味の延長から。学部生の頃に東大物性研究所で初めて見たレーザーの色が本当に鮮やかで美しかったのを今でも覚えています。21世紀は光の時代。今や「光」はエレクトロニクスや通信だけではなく生命科学や農業や医学にも応用されています。光に関連するノーベル賞も数多くでています。きっと「光」はもっともっと面白くなるはずです。

「右手と左手は重ならない」という性質、キラリティーの謎
右手と左手は同じ形をしているけど、お椀を重ねるようには重ねられないですよね? キラリティーとは「構成要素が同じなのに立体構造(右手系)がその鏡像(左手系)と空間的重ならない」という性質のことを言います。右手と左手の役割(例えば右利きとか左利きとか)が違うように右手系の物質と左手系の物質では性質が異なります。なのでキラリティーのある物質の右手系(あるいは左手系)だけを完全に創り分けたいというのが、物質科学の夢です。
人や生物を創る構成物質(アミノ酸や糖類)にもキラリティーがあります。でも不思議なことに身体の中のアミノ酸は左手系だけで右手系はありませんし、糖類は右手系しかありません。ではなぜ生命体の構成物質には右手系か左手系のどちらか一つしかないのでしょうか?この問題は「ホモキラリティー問題」として知られる未だベールに包まれた生命科学の大きな謎です。このように「キラリティー」は常に科学者の好奇心を掻き立てる魅力あふれるテーマなのです。

光のキラリティー解明によって省エネで環境に良い素材の開発を目指す
意外に知られていないのですが、「キラリティー」は物質だけではなく光にもあります。「光のキラリティー」の歴史を遡るとわずかに20年。でもこの数年、「光のキラリティー」はホットな研究テーマに変貌しつつあります。最近では、光科学のトップジャーナルにも数多くの論文が登場していますし、関連する国際会議も急増しました。そのきっかけは、「光のキラリティー」がナノの空間(10-9m)で物質を螺旋の構造へ変形させる(キラリティーのない均質な物質をキラリティーのある物質に変形させる)ことが千葉大学で発見されたからです。この現象は物理的な力学現象なので物質を選びません。原理的には右手系(あるいは左手系)の物質だけを100%創り分けることも不可能ではありません。
千葉大学は物質科学や生命科学の研究教育では定評があり、世界的に著名な研究者も数多くいます。「光のキラリティー」を武器に千葉大学で物質科学や生命科学を研究すれば。。。キラリティーによって物質の電気・磁気特性や光学特性は劇的に変化するので、太陽電池や磁気記録をはじめエレクトロニクスやエネルギーや環境に大きなブレークスルーをもたらす夢の素材(高効率で省エネルギーで耐環境性が良い)ができるかもしれません。化学薬品の製造プロセスも激変して医薬品のコストも低減するかもしれません。さらには生命活動の神秘である「ホモキラリティーの謎」も解明できるかもしれません。

学生、若手研究者の皆さんへ
「つねに、より高きものをめざして」。この千葉大学のモットーは未知の科学を開拓するフロンティア精神とチャレンジ精神を意味します。千葉大学に設置した「分子キラリティー研究センター」では、理学・工学・薬学・医学の教員が学部を超えて一丸となって、世界の頂点を目指して新時代の「キラリティー」の研究教育に挑戦しています。皆さんも是非一緒に研究しませんか?
不斉合成の夢(キラリティーのある物質の右手系(あるいは左手系)だけを完全に創り分けたい)
ホモキラリティーの謎(生命体の構成物質には右手系か左手系のどちらか一つしかない)
"キラルな光"で金属や有機薄膜の表面をキラルな構造へ変える~100%の収率でキラリティーを物理的に操る
(1)波長(~500nm)よりはるかに小さなナノ空間(<50 nm(=5x10-8m))を創る
(2)ナノ物質を輻射力(軌道角運動量)でキラルに公転運動させる