研究・産学連携
Research

ハドロン宇宙科学

南極のアイスキューブ実験によるニュートリノ観測とスパコンでの数値実験で紐解く高エネルギー宇宙の起源(吉田滋教授)
~世界最高感度のニュートリノ観測と数値シミュレーションで切り拓く高エネルギーハドロン宇宙国際研究拠点形成~

吉田滋

Yoshida Shigeru

千葉大学大学院理学研究科教授、ハドロン宇宙国際研究センターセンター長

1994年に東京工業大学で理学博士を授与されたのち、アメリカ・ユタ大学研究員、東京大学助手等を経て2002年に千葉大学に着任。高エネルギーニュートリノ天文学の第一人者の一人である。
超高エネルギー宇宙線とニュートリノの関係を活発に研究してきた。
超高エネルギー宇宙ニュートリノ発見への貢献により平成基礎科学財団より戸塚賞を2014年に受賞。

躍動するエネルギッシュな宇宙にようこそ

宇宙と聞いて皆さんは何を思い浮かべますか?
宇宙ステーションで遊泳する宇宙飛行士を想像する人もいるでしょう。望遠鏡で撮像した様々な天体の映像を脳裏に浮かべるかもしれません。そうしたイメージの多くは、静的で永遠で深淵な宇宙空間を想起させます。宇宙には確かにそうした一面もあります。
しかし一方で最近の研究が明らかにした事実は、宇宙とは一般に考えられているよりも激しい動的なものである、ということです。突如として爆発的に輝く天体もあれば、ジェット状に粒子を吹き上げる巨大な銀河も発見されています。
こうした活発な天体では光だけでなく、我々自身を形作っている物質ー電子や原子ーをも光速に匹敵する速さで宇宙空間に叩き出しているかもしれません。何故なら宇宙から光のスピードで降り注ぐ、物理学の言葉で言うならば「エネルギーの高い」物質の束を我々は観測しているからです。それらの中には、目に見える光(可視光)に比べて、10億倍のそのまた10億倍もエネルギーの高いものがあります。宇宙はそうした高エネルギー放射をどのように作り出したのでしょう? そこには何か物質を光の速さに加速する「エンジン」のようなものがあるに違いありません。
発見された爆発的な天体がエンジンなのでしょうか?

「スーパーコンピューター」と「ニュートリノ」という現代の魔法で宇宙の謎に挑戦

実はこの謎は、長い間宇宙の科学における最も重要な疑問の一つと考えられてきましたが、未だに解決されていません。物質を光速で吹き出す「宇宙エンジン」の研究を旗印に、ハドロン宇宙国際研究センターでは二つの研究プログラムが実施されています。
一つはこうしたエンジンの候補となる天体がどのように物質粒子を吹き上げ同時に光を放射しているのか、様々な仮説をスーパーコンピューター上で「試してみる」ものです。この手法は数値実験とよばれ、宇宙のように実験室で様々な実験をすることが不可能な対象を調べるために近年急速に発展してきました。計算結果はビジュアルに映像として映し出し何が起こっているのか直感的に理解することもできます。本センターの研究グループはこのスーパーコンピュータによる宇宙エンジン数値実験の先鋭を担っています。
研究センターのもう一つの柱は「ニュートリノ」と呼ばれる特殊な素粒子を使って宇宙を観測することで、宇宙エンジンが何であるか観測によって解明しようというものです。この手法は「ニュートリノ天文学」と呼ばれる今世紀の新しい分野の一翼を担うもので、宇宙から降り注ぐ高エネルギー物質束の起源、という長年の謎に立ち向かう切り札と考えられています。実用化は難しかったのですが、南極点直下の深氷河を「ニュートリノ望遠鏡」の部品として使うことで宇宙ニュートリノを検知する大型科学プロジェクトアイスキューブ(IceCube)が本格的な運用を開始しました。
10ヶ国からなる国際プロジェクトに千葉大学は日本から唯一参加し高エネルギー宇宙ニュートリノの最初の信号を同定するなど大きな成果を挙げています。南極点という地球の極地から国際協力で行うという醍醐味が私たちの研究をユニークかつエキサイティングなものにしています。南極点氷河の深度2000 m の場所に、5000 個もの最新の光検出器を埋設し、互いを100億分の1秒で同期させたネッワークでつなぐという離れ業は、まさに現代の技術の結集です。

学生、若手研究者の皆さんへ

学問は刻一刻と変化していきます。宇宙探査という基礎科学でも例外ではありません。観測・実験・計算技術の進展にともなってまったく新しい宇宙の窓が拓いていくのです。「ニュートリノ天文学」はその代表的事例です。新しい分野は過去の蓄積が少ない分、特に若者の熱意が、その進展を左右します。ぜひともにチャレンジしていこうではありませんか。

南極点に立つ吉田滋教授

IceCubeの基地1

埋め込みを待つ光検出器

IceCubeの基地2

IceCubeプロジェクト観測所

ニュートリノ事象