幻のマヨラナ粒子をスピントロニクスで捉える~スピン流を用いて観測、実用的な量子計算の実現に期待~

2025年03月06日

研究・産学連携

本研究成果のポイント
◆量子スピン液体に現れるマヨラナ粒子をスピン流によって観測する方法を提案
◆マヨラナ粒子がスピン流にもたらす効果を大規模な数値計算によって解明
◆スピン流が量子スピン液体を応用したトポロジカル量子計算の鍵となる可能性を開拓

概要
 現在の量子コンピュータが直面している誤り耐性(注1)の実現という課題を、物質中に現れるマヨラナ粒子(注2)と呼ばれる特殊な粒子を用いて解決する方法が有力視されています。しかし、この粒子は電子と違って電荷を持たないため電気的操作が難しく、決定的な制御法はまだ発見されていません。
 福井大学大学院工学研究科の加藤康之准教授、東北大学大学院理学研究科の那須譲治准教授、千葉大学大学院理学研究院の佐藤正寛教授、東京大学大学院理学系研究科の大久保毅特任准教授、東京大学物性研究所の三澤貴宏特任准教授、東京大学大学院工学系研究科の求幸年教授らのグループは、スピントロニクス分野(注3)でよく用いられる温度差によってスピン(注4)を流すスピンゼーベック効果(SSE)(注5)と呼ばれる現象を用いて、量子スピン液体(QSL)(注6)状態に現れるマヨラナ粒子の新しい検出手法を理論的に提案しました。この効果によって生じるスピン流(注7)の磁場・温度依存性に、マヨラナ粒子に特徴的な振る舞いが現れることを発見しました。この成果は、スピントロニクスによるマヨラナ粒子探査の可能性を示すだけでなく、スピン流によるマヨラナ粒子制御の可能性を示唆しており、実用的な量子計算の実現にも寄与すると期待されます。
 この研究成果は、3月6日に国際科学誌「Physical Review X」に掲載されました。

(注1)誤り耐性
量子計算に用いる量子ビットは、外部の影響を受けやすく、エラーが頻繁に発生します。これらのエラーを訂正し、正確な結果を維持する性能を誤り耐性と呼びます。誤り耐性を実現するために、精力的に研究が進められています。

(注2)マヨラナ粒子
粒子と反粒子が同一である中性フェルミ粒子の一種で、E. マヨラナによって理論的に予言されました。素粒子物理学では、ニュートリノがマヨラナ粒子である可能性が議論されています。物性物理学の分野では、マヨラナ粒子は準粒子として、トポロジカル絶縁体と超伝導体の界面、キタエフ量子スピン液体*、半導体ナノワイヤーなどに現れると考えられています。

*キタエフ量子スピン液体(KSL)
A. キタエフによって提案された量子スピン液体です。この状態に磁場を印加すると、マヨラナ粒子がエニオン粒子として振る舞うことから、トポロジカル量子計算への応用が期待されています。そのため、この状態を実現する候補物質が多く提案され、実証実験が盛んに行われています。

(注3)スピントロニクス分野
スピントロニクスとは、巨大磁気抵抗効果のハードディスクドライブへの応用に代表されるように、電子の電荷とスピン(注4)の両方を活用し、磁気とスピンの相互作用を利用して新しい電子デバイスの発見を目指す技術分野です。プラチナなどのスピン軌道結合の強い金属を用いたスピン流(注7)の観測法の発見を契機に、スピン流の利用に関する研究が活発に行われるようになっています。

(注4)スピン
量子力学の基本的な概念であり、電子などの素粒子が持つ角運動量のことを指します。粒子が持つ電荷が電気の基となるのに対し、スピンは磁気の基となります。例えば、電子のスピンは上向きと下向きの二つの状態を取ることができます。この性質は、磁気共鳴画像法(MRI)やスピントロニクスといった技術に応用されています。

(注5)スピンゼーベック効果(SSE)
スピンゼーベック効果とは、スピントロニクスの一環として、熱勾配によってスピン流が生成される現象を指します。スピン流の高精度検出が可能になり、スピンゼーベック効果に関する研究が加速的に進められています。

(注6)量子スピン液体(QSL)
P. W. アンダーソンによって提唱された概念で、磁性体中のスピンが長距離にわたって量子もつれを形成し、絶対零度においても秩序化しない特異な量子状態を指します。量子スピン液体はしばしば、スピンの自由度が分裂したように振る舞う分数励起と呼ばれる特徴を有しています。

(注7)スピン流
スピンが移動する現象を指します。通常の電流が電子の電荷の移動によって生じるのに対し、スピン流は電子が移動しなくても生じ、絶縁体でも定義されます。例えば、磁性絶縁体では、スピン流はマグノン*によって運ばれます。

*マグノン
典型的な磁性体中の低エネルギー励起の一種です。これは、原子のスピンが集団的に振動する現象であり、スピン角運動量を持つ量子力学的な粒子として振る舞います。マグノンは、磁性材料内でスピン角運動量だけでなく、エネルギーや情報を効率的に伝達する役割を果たすことがわかっており、そうした特性が注目されています。

  • 図1:スピンゼーベック効果。通常の強磁性体においては、熱勾配により、白矢印で示すように温度が高い方から低い方へとマグノンが流れることでスピン流を生じます(a)。キタエフ量子スピン液体に現れるマヨラナ粒子は、スピン角運動量を持たないにも関わらず、同様に温度が高い方から低い方へと流れてスピン流を生じることが明らかとなりました(b)。マグノンは下向きスピンを有し、スピン流に寄与します。一方、マヨラナ粒子は、スピン間の相互作用係数の正負に応じて、上向きスピンまたは下向きスピンの性質を帯びるため、スピン流の向きも変化することが見いだされました。