第1回 移民難民スタディーズ研究会 報告
日本におけるムスリム女性留学生の現状 ―インタビュー調査から見られる留学中に直面する彼女らの挑戦と葛藤―
日時:7月23日(木)10:00~12:00
オンライン開催
司会:酒井 啓子(千葉大学法政経学部)
報告者:アキバリ・フーリエ(白百合女子大学)
討論者:小林 聡子(千葉大学国際学術研究院)
福田 友子(千葉大学国際学術研究院)
国際社会が多様化する中で、日本におけるムスリム人口は増加しており、人口の0.1%程度を占めている。21世紀のイスラーム諸国では女性の社会進出が進んでおり、その中でも日本は女性が一人で留学することが出来る国として捉えられており、中長期滞在するムスリム女性が増えている。これまで日本で暮らすムスリムの先行研究は男性が中心であり、女性の多くは男性の配偶者として来日し、地域社会で暮らしてきたことから、ほとんど明らかにされてこなかった。しかし、ムスリム女性はヴェールをかぶっていることが多く、可視化された存在である。本報告は、日本で暮らすムスリム女性がどのような葛藤を抱えているのかを明らかにすることを目的とする。
本研究では独身で日本に留学したムスリム女性を対象として、留学の動機、留学中の経験、留学後の変化、将来の計画について半構造化インタビューを行った。独身女性は配偶者に守られていないため、男性の配偶者として来日した女性とは異なる葛藤を抱えている。国籍はインドネシア、シリア、イラン、中国であり、ナレティブ・アプローチにより「語り」の分析を行った。
その結果、ムスリム女性(元)留学生たちは、4つの葛藤に直面していることが明らかになった。1)家族との葛藤、2)ムスリム同国籍者との葛藤、3)日本社会との葛藤、4)自己との葛藤である。日本社会との葛藤よりも、家族や同国籍者との葛藤の方が大きいということが興味深い。家族との葛藤については、特に父親や兄からイスラーム教徒としての振る舞いを求められたり、結婚に対する圧力があったりしたことがあげられた。ムスリム社会との葛藤については、ムスリム女性として同胞からの評価にさらされることがあげられ、その中でもヴェールの着用は重要なメルクマールとなる。日本社会との葛藤については、一般的に日本ではイスラームとその多様性に対する理解があまりないことからステレオタイプな質問をされたり、過激派組織と比較されたり、特別扱いされたり、距離を取られることがある。そのため「周りと違う」という理由でヴェールを被らないことを決断した人もいる。自分自身との葛藤については、ヴェールを取るという決断をした場合には、罪悪感を感じるということが語られた。
インタビュー対象者は、葛藤を調整するためにはヴェールを外すことを選択することで、日本社会に受け入れてもらいたいと考えていた。ヴェールを外すことで葛藤をなくし、多数派である日本社会との調和を目指し、安心感を得ようとしている。しかし、ヴェールを外すということを出身国で暮らす父親や兄には伝えていないため、ヴェールを外すことで再びヴェールをかぶっていると言える。
ムスリム女性はヴェールをすることで自己のアイデンティティを表出させているが、社会には多様なマイノリティが存在しており、多くのマイノリティがそれぞれ葛藤を抱えて暮らしている。日本社会はムスリム女性や他のマイノリティのことをどのように見ているのか、また、日本社会は移民とどのように付き合うべきかという点が今後の課題であると締めくくった。
司会の酒井氏からはムスリム社会も日本社会も同調圧力が強いという点では類似しており、日本ほど同調圧力が強くない国と比較した場合はどうなのかという指摘に続いて、討論が行われた。まず、小林氏からは何を語るのかと同時にどのように語るのかも重要であることや、研究者のポジショナリティや権力性がどのように語りに影響したのか、ホストとゲストの関係性においてゲストはいつまでゲストであるのかということや、両者の境界が固定化したり変化したりすることで、ヴェールをめぐるディスコースが変化することはあるのかというコメントがあった。福田氏からは、日本がムスリム女性の留学先として適していると考える根拠や、ヴェールをまとう理由については出身地域の習慣や文化的要素もあるのではないかという指摘がなされた。また、日本ではヴェールをかぶるとかえって目立つことになるため、日本人のムスリムの一部は、場を選んでかぶっている。日本人ムスリムはかぶる・かぶらないという選択可能な行為により境界線をずらすことが可能であることや、移民コミュニティは同胞からの圧力を避けるために分散化して暮らすという戦略をとり、同国籍者のコミュニティからのしがらみを逃れようとすること場合があることが紹介された。
質疑応答では、ヴェールの問題は純粋に宗教や信仰心ということだけでなく、政治的なスタンスともかかわるのではないか、移動前と後の日本のイメージの変化とそれが行動に与える影響について、ヴェールを外すことで誰を意識して安心感を感じているのか、移動と宗教との関係は複雑でありホスト社会に適応しようとするだけでなく、移動することで逆に宗教心が高まることもあるのではないかなどの点が挙げられた。
アキバリ氏からは、インタビュー対象者はヴェールを外すことで日本社会に近づこうとしたが、日本ではいくら日本語が出来てもゲストである。そのため、葛藤があった場合にどこまでホストに近づいて調整するのかが難しいことが指摘された。ただ、大学と社会には大きな隔たりがあるものの、日本社会は何も聞かずに受け入れてくれる部分もあることが述べられた。
第1回目の研究会では、ムスリム女性による当事者研究としての内在的な視点や家族、コミュニティ、政治の問題について幅広く議論することが出来た。特にホストとゲストの関係については、ホスト側もゲストとどのような距離を取れば良いのか悩んでいるという発言もあり、人の移動による境界線の線引きと交渉の政治が繰り返される中で、研究班としての多様性を保ちつつ、議論を重ねていくことの重要性を感じた。
文責:小川玲子