第3回 移民難民スタディーズ研究会 報告
「日本企業と外国人労働者」
2020年9月24日(木)
報告
1.「多文化共生研究と企業文化論の接点探求」横尾陽道(大学院社会科学研究院/グローバル関係融合研究センター)
経営学を専門とする横尾氏がこれまで取り組んできた、戦略的マネジメントをベースとする企業文化論について概説がなされたのち、本プロジェクトの主要な焦点の一つである「多文化共生(日本企業と外国人労働者の共生)」に関する調査・研究との接点が示された。
経営学では、企業の第一目標が「企業組織の維持・発展」とされている。この第一目標を達成する手段として「利益の確保」だけでなく、「社会的責任」も同等に求められる。企業には様々なステークホルダーがおり、ステークホルダー間の利害調整も課題となることから、経営学においても外国人労働者のマネジメントの問題は今日的な課題となっている。
組織文化論、特に企業における組織文化形成プロセスとマネジメントについて探求してきた立場から、企業文化論と多文化共生研究の接点になりうるテーマとして、次の4つが示された。1つ目は、企業文化の形成プロセスについてである。具体的には、多様性を許容する企業文化(全社文化)の形成と変革がいかになされるか、といったテーマが考えられる。2つ目は、組織メンバーの多様性についてである。「多様性を許容する企業文化」と「同質性が強い企業文化」の変化に対する組織の環境適応度の比較が考えられる。3つ目は、外国人労働者をはじめとした、多様な文化的背景を持つメンバー間の相互作用によって、組織の創造性がどのように発揮されるのか、ということである。4つ目は、新規メンバーによる既存文化の学習と適応についてである。入職前研修のあり方や練度によって、入職後に外国人労働者の日本企業の組織文化に対する適応度が異なってくるか、といったテーマが考えられる。この点については、過度なトレーニングが日本企業に対する誤った思い込みを強化し、不適応を起こすといったケースの検討も考えられよう。
最後に、今後の展望として、本プロジェクト研究が今後取り組む調査・研究対象、企業の目標、研究結果の主たる提案先について前提を確認する必要性が提起された。調査・研究対象では、外国人労働者のうち、技能実習生・高度人材を含めるかどうかについては、議論が必要である。
質疑応答では、企業組織のみならず教育組織などの場合は組織文化の観点からどのような評価指標を設定したら良いのかといった質問や、企業文化において「文化」というものをどのような範囲(国や地域に限定したものとして捉えるか、それともより普遍的なものとして捉えるか)で考えることが可能なのか、また、組織において、多様性というものが革新のためのキーワードとして理解されているのか否か、という点についての質問が寄せられた。
特に2つ目の質問にかかわって、横尾氏からは、文化と制度の関係性について活発な意見交換がなされた。文化とは変化するものであり、人の認知および行動の共有によって影響されるものである。また、環境変化が契機となって、制度の根底にある価値観の変容が起きることもある、という回答がなされた。
2.「日本の国内企業(産業)が低賃金の外国人労働者を求める原因」清水馨(大学院社会科学研究院)
第2報告では、日本の国内産業が低賃金の外国人労働者を求める原因について、外国人労働者を雇用する企業側の生の声を交えた報告がなされた。清水氏は、経営学の中でも中堅企業(正規従業員が300~2000人規模)、特に製造業を対象とした研究を行ってきた。これまでに200社以上の社長インタビューを行なってきたが、研究上では、移民との接点は薄かったという。現在、日本では低賃金の外国人労働者を求めているが、そこに様々な問題がある。それをなんとか企業側の努力で解決できないか、というのが本報告の課題意識である。
経済学の研究では、外国人労働者を単なる労働力とみなしてはならないというものの、基本的には単純労働者であることにかわりはない。萩原・中島(2014)の研究では、外国人労働者を受け入れようとすること自体が日本の社会構造問題の先送りであり、国内の都合の悪いことを外国人労働者に押し付ける、責任逃れ的な議論である、という指摘がなされている。萩原らは結論として、多文化共生を強調するが、経済学的に見た際には、移民の受け入れがプラスなのかマイナスなのか分からない、というのがもう一つの結論である。
では、低付加価値作業はなぜ発生し、温存されるのだろうか。技術革新と競争で新たに高付加価値作業が生まれ、それまで高付加価値だった既存作業が相対的に低付加価値になる。高賃金を求めて既存作業従事者のうち高付加価値作業へシフトできる人々はシフトするので、既存事業は縮小する。ただしシフトできない人々は、既存作業へ特化した特殊な能力を活かしたい(=それ以外のことができない)ため、さらなる能力向上を図り、もしくは既得権益者として保護される。また、技術革新は製品寿命を短くし、需要増減のスピードと幅を大きくしている。急速な量産立ち上げと突然の生産中止は超短期作業を必要とし、相対的に賃金の低い下請や非正規、派遣労働者にバッファーの役割が生じる。
大企業は低付加価値作業を力の弱い者(下請や非正規、派遣)に委託することでコストダウンし、競合他社に勝とうとする。なぜなら、消費者やユーザー(買い手)は製品が差別化できなければ価格の安い方を選好するからだ。力の弱い者は、低付加価値作業を最初押し付けられ、次第に慣れて甘んじ、さらには積極的に希求する原理原則は古今東西変らない。低付加価値作業でも量が増えれば糊口を凌げる。自分で考え決める必要が無い(何を、誰に、どこで、いつ、いくらで仕入れ、作り、売るか)。元請と下請は一蓮托生の意識が強烈で、何があっても供給責任を果たすという呪縛がある。社会的不安を抑制するため(例えば雇用不安)、作業が温存されるという構造にある。
経営者にインタビューを試みる中で実感されるのは、技能実習生や外国人労働者の話をしたがらない、ということである。外国人労働者を雇うことはコストとして安いが、長く働いてくれるわけでもなく、技能実習を終えて母国に帰って技術継承がされるわけでもない。多くの外国人労働者は帰国後、金銭を求めて別な国に再度出稼ぎに行くことになる。こうした現状から、経営者は第三国への技術の流出に不満を持っている。
例えば、かつて大手電子機器メーカーの下請だった電子部品企業は、仕事量が多くなったときは派遣労働者などの日系人を2,000~3,000人雇い、仕事がほとんどなくなったときは2,000人の正社員を守るために雇用を維持し、正社員を育成する一方で、派遣の契約を打ち切ることで生き延びてきた。派遣労働者を雇い、いざというときには契約を打ち切るという今まで打ってきた手が正解だったというのが、経営者としての正直な実感であるが、しかし当事者ではない人に理解はしてもらえない、という気持ちを経営者自身が持っている。理想と現実の間に大きなギャップとジレンマがある。
日本において低賃金労働者や外国人労働者が求められる背景には、権限を持つ経営者や管理職はなかなか新技術による高付加価値作業を理解できないことにある。そのため自ら理解できる既存作業を温存し、権限を持たない低賃金労働者をその業務に就かせ、改善努力を強く求めないことで安心させつつ能力向上を抑制し、同時に彼らを保護(雇用)し企業も存続させているのだという使命感と優越感を得ている。経営者が意識改革し、業務の流れを見直し、低付加価値作業を効率化、省人化していくことで労働力と賃金を捻出し、移民から生じる課題を抑制できるのではないか。
萩原・中島(2014)「人口減少下における望ましい移民政策 -外国人受け入れの経済分析をふまえての考察-」
質疑応答では、そもそも外国人労働者の雇用が間接雇用であるという前提がある中で、間接雇用である技能実習生をとらえる研究はどのようにして可能なのか、といった質問や、中堅企業を研究する中で大企業の影響をいかにしてとらえるのか、特にサプライチェーンの中で、大企業が責任を果たしていく風潮があるが、そういったものが日本の中小企業にはあまり伝わっていないのか、といった質問が寄せられた。
中小企業におけるSDGsの影響はあるのか、企業文化に反映されているのかという質問に対しては、報告者(清水氏)より大手自動車メーカーの例として、3次受け等の下請けの会社が潰れない(潰さない)ようにするために、1次下請け、2次下請が厳しい状況に追い込まれているといった事例が報告された。また、大企業にSDGsのプレッシャーはあるが、中小企業は、表面上の取り組みにすぎないという現状が報告された。
全体討論
全体討論では、企業文化と制度の関係性について議論が及んだ。企業において文化がどれだけ制度化されるのか、その契機があるのか、という議論について、報告者の清水氏からは、我々が漠然と持っている文化とは自覚できないものであり、何らかの危機に直面した場合に、自分の文化を省みる。他者や過去、将来ありたい姿との比較の中で見出されるもの。そうした危機の時に、制度化されるのではないか、という意見が出された。
また、日系人と技能実習生とでは入職の経緯が異なること、そして、ビザの関係で雇用形態が異なるという指摘がなされた。ビザの要件が外国人労働者への対応を規定してしまう部分があり、ビザの種別が彼らを一時的な労働者にせしめているという側面もあるのではないか、という意見が寄せられた。
記録:相良好美(グローバルプロミネント研究基幹 特任研究員)