研究成果・活動報告
Research & Activities

第8回 移民難民スタディーズ研究会 報告

第8回 移民難民スタディーズ研究会 報告

児童虐待と移動-つながり続けることの困難-

2021年3月24日(水)

司会:佐々木綾子(千葉大学大学院国際学術研究院)
報告者:後藤弘子(千葉大学社会科学研究院)

報告

児童相談所の児童虐待対応件数は、年々増加しており、2019年度は19万件を超える数となっている。一方で、虐待により死亡するケースは厚生労働省の調査によれば、一定数(同年で22件。心中を除く)にとどまっている。その数少ない死亡事件に関しては、せっかくつながっていた支援が、何らかの「移動」によって途切れることの問題点が指摘されている。

子どもの移動は大きく分けて次の3つに分けられる。第一に進学や就職など子どもの自身の選択による移動、第二に親の移動への随伴(転勤・結婚・離婚、暴力による被害、移民・難民)、第三に行政や司法による強制的移動(一時保護、非行による監護措置、少年院、刑務所)などである。このうち、第三の移動は、国家による強制的移動にあたる。

近年耳目を集めた目黒事件、野田事件、札幌事件はいずれも「一時保護」解除後に、死亡事件が起きたケースである。本報告では、野田事件を中心に、検証報告書や判決文からなぜ「移動」が起こるのか、なぜ「つながり続けること」が困難になるのかについて検討する。

当然ながら、「移動」は変化を伴うものである。厚生労働省の子どもの死亡に関する調査報告書(「子どもの虐待による死亡事例等の検証結果等について 社会保障審議会児童部会児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会報告第16次報告」、2020年9月)では、転居と虐待死の関係が指摘されている。転居は、それまでの社会的支援が途絶え、家族の社会的な孤立が深まる可能性があり、虐待のリスクが高まる一因として認識する必要がある。また同報告書では、一時保護後解除後の虐待死が指摘されている。2018年3月に東京都目黒区において5歳女児が死亡した事件(目黒事件)では、転居前の香川県内で2回の一時保護後、転居先の東京都目黒区にて措置が解除され、その後、両親による虐待死が発生している。2019年1月に小4女児が死亡した事件(野田事件)も同様に、元の居住地であった沖縄県糸満市から千葉県野田市に転居後に、女児本人の訴えによって父親によるDV被害が発覚し、一時保護の措置解除後に父親による虐待死が発生している。

野田事件では、養育形態の変化に伴う「移動」が次々と生じていることが指摘できる。被害女児は、精神的に脆弱な母と父(加害者)のもとに生まれたが、すぐに両親が離婚、生まれてから9年間近く沖縄県糸満市で祖父母に育てられた。長らく祖父母・母の安定にした養育形態にあったが、実の父と母が2度目の結婚(再婚)し、妹が生まれたことを契機に養育形態が一挙に不安定化していく。妹が生まれ、沖縄県内で父・母と四人同居するようになったが、父が姉妹を千葉県野田市に連れ去るかたちで、本人の同意なく居住地を移動することになる。脆弱な機能不全家族においては、弱い者(子ども)に大きな負担がかかる。特に、子どもにとって「移動」という変化は大きなリスクになり得る。野田事件の場合、被害女児は、機能不全家族、転居、転校という三重のリスクにさらされていたことが指摘できる。

野田市に転居後、転校先の小学校のアンケートに女児本人が父からの虐待を記入し、児童虐待被害が明らかになる。女児は即日一時保護されたものの、1ヶ月半後に措置が解除され、養育先となった父方・祖父母宅に居をうつすこととなる。接触を禁じられていた父親は、無断で女児に接触、転校させ、父・母・被害女児・妹の四人で居住するようになる。その後、父親からの虐待がエスカレートし、2019年1月に被害児童の虐待死が明らかになった。

野田事件では、移動による変化が虐待のリスクを招いたといえる。さらに、一時保護が早期に解除されたことや、解除後の養育先が、児童虐待加害者(父親)と接触が容易である父方の祖父母という選択肢がとられたことなどには疑問が残る。一時保護は、児童相談所所長の職権で行われるが、2ヶ月を超えて親権者の同意が得られなければ司法審査をすることとなる。そのため、2ヶ月をめどに一時保護が解除されるケースが多く、野田事件の場合も同様の選択がなされた。さらに、子どもの声を聞いて即座に行動を起こしてくれた信頼できる学校からも転校することとなり、せっかくつながっていた支援が「移動」により途切れてしまったことも悔やまれる。野田事件や目黒事件からは、児童虐待被害においては、「移動」、とりわけ転居や子どもの転校が虐待リスクを高め、被害者を社会的孤立させてしまうことが指摘できよう。

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