第15回移民難民スタディーズ研究会 報告
多文化共生と人権
2021年11月26日(金)10:00~12:00
Zoom オンライン
司会:小川 玲子(千葉大学社会科学研究院)
報告者:近藤 敦(名城大学法学部)
討論者:土井 佳彦(NPO法人多文化共生リソースセンター東海)
報告
第15回研究会は、国際人権法を専門とし、東海地方を中心に多数自治体の多文化共生推進プランの策定にも携わる近藤 敦氏(名城大学法学部)をお招きし、多文化共生時代における日本の人権のあり方について、諸外国との比較を踏まえた現状と課題についてご報告いただいた。近藤氏の報告ののち、土井 佳彦氏(NPO法人多文化共生リソースセンター東海)より地域の多文化共生推進に携わる現場の立場からのコメントをいただいた。参加者は60名(オンライン)であった。報告概要とコメント・質疑応答の概要は次の通りである。
1 報告概要
1-1 日本は「移民」を受け入れない国か?
近年の人口予測を踏まえると、ヨーロッパはすでに事実上の移民国家となり、日本や韓国も潜在的な移民国家になりつつある。新在留資格が創設された2018年の在留資格改正は、事実上の「移民政策」ではないかという声が挙がったが当時の安倍首相はこれを否定している。日本は元来、専門的・技術的分野での外国人労働者受け入れには積極的だが、単純労働の受け入れについては慎重な立場をとっている。しかし、単純労働には「非正規滞在者」・「日系人とその家族」・「研修・技能実習生」という3つの抜け穴があり、日系人とその家族は日本に長期滞在し、事実上の移民として日本に暮らしている。2018年の法改正では、新在留資格として特定技能1号、2号が創設され、3年の技能実習を修了した「相当程度」の「半熟練」労働が「単純労働」とは区別された。しかし、特定技能1号の在留資格が最長5年、技能実習の期間も含め8年以上も家族の帯同を認めないという家族結合の権利侵害が問題となっており、途上国への技能移転といった帰国を前提とする技能実習制度の国際貢献の建前と現実との矛盾がますます大きくなっている。
現在の日本には移民の統合政策に関する包括的な法律がないのが現状であり、外国人の権利保障の国際比較である移民統合政策指数(MIPEX:Migrant Integration Policy Index、直近では56ヵ国が参加)では、日本は永住許可など(安定した将来)は良くても政治参加と教育(平等な機会)が良くなく、差別禁止など(基本的権利)の評価が悪いため「統合なき受入れ(Immigration without integration)のやや好ましくない」国と特徴づけられている。日本と同様に潜在的な移民国家となっている韓国では外国人に対する法整備が整っているのに対し、日本は教育・政治参加・差別禁止の指数が低く、特に、技能実習生のような短期労働者を調査対象から除くため、労働市場の評価は高くなっているものの、人身取引と指摘される深刻な人権侵害が問題となっている。
1-2 多文化共生とは何か
日本では、国の統合政策を表すような法律はまだ確立していない。外国人に対する政策は、2018年の「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」では「共生施策」と呼ばれ、自治体レベルでは2006年の総務省「地域における多文化共生推進プラン」以来、「多文化共生施策」と呼ばれている。また、外務省は国際比較では「社会統合政策」とするなどの違いがあるが、これらには互換性がある。
日本の多文化共生の理念はカナダの多文化主義よりも、ヨーロッパ諸国の自治体のインターカルチュラリズム(文化的多様性を都市の活力や革新、創造、成長の源泉とする政策)に近いのが特徴である。例えば、名古屋市の多文化共生推進プランの内容の変遷を見てみると、2011年第一次プランでは「支援」という言葉が見られ、2017年第二次プランでは「参画」や「多様性」に力が入れられるようになった。そして、2022年第三次プラン(審議中)では「交流」という言葉もキーワードとして表れるようになるなど、段階的な変容が見て取れる。
1-3 多文化共生時代の憲法解釈と人権条約適合的解釈
多文化共生時代においては、「文化の選択の自由」「共生」「平等」の理念を国際法との比較からいかに解釈していくのかも重要な課題である。憲法と人権条約との整合性をはかる解釈を「人権条約適合的解釈」といい、例えば外国籍の子どもの教育を受ける権利は、憲法26条1項の「国民は」と定める「教育を受ける権利」と国際法である「子どもの権利条約」(28条)との整合性から適合的に解釈されている。しかし、憲法26条2項が「国民は、…その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ」と定めていることもあり、同1項の権利に対する「国の教育を提供する義務」の要素がなおざりにされ、外国人の就学義務を否定する実務が問題となっている。
外国人の人権をめぐる憲法解釈では、戦後すぐ「無保障説」や「何人も」で始まれば外国人にも適用され、「国民は」で始まれば外国人には適用されないとする「文言説」も唱えられれた。しかし、憲法制定時には国民と外国人の権利を区別する議論はなく、文言説では不都合な場合も多い。マクリーン事件判例では「基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみを対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべき」とされるなど「性質説」の立場から「人権条約適合的解釈」が取られるようになっている。ただし、性質判断の基準には検討の余地が残る。また、一般に移民国家では、国民と外国人の二分法はあまり重要ではなく、移民の多くは将来の「国民」となることが想定されており、外国人の地方参政権が認められている国も65ヵ国以上に及んでいる。ところが、15歳以上で10年以上滞在している移民の国籍取得率はOECD平均で63%であるのに対し、日本における後天的な国籍取得の年間比率は0.3とOECD諸国の中では最低となっている。今後の日本では、複数国籍の容認、届出制度の拡充など国籍制度の見直しも必要となるであろう。
2 コメントと質疑応答
近藤氏の報告を踏まえ、コメンテーターの土井氏より、東海地方における多文化共生の取り組み状況やその特徴についてご紹介いただいた。その上で、医療通訳や言語支援サービスが外国人の中の多数派への提供に限られている現状から、「支援することで生じる“マイノリティ間の格差”」をどのように考えていくべきか、という課題が投げかけられた。
また、参加者からは事前に多くの質問が寄せられ、近藤氏、土井氏それぞれから質問に対する回答があった。その他、フロアからは「現在の地方の多文化共生施策や憲法・国際人権法との整合性について、現時点ではどのようなことが足りないか」といった質問や「外国人支援の立場と一般的な社会福祉の立場では「共生」という言葉が想起するものが異なるため、両者がシームレスにつながっていかない」という課題がコメントとして寄せられた。
記録:相良好美(千葉大学大学院社会科学研究院 特任研究員)